上野学園は建学の精神「自覚」を重んじ、学問、芸術の研究と教育を通し、自覚ある人間を育てています。学風・校風は明るくのびやかで、国際的にも開かれており、偏ることのないものです。それは一切のまがいものを拒否し、純粋な美と真理の創造と追求を土壌として育てられます。文化の創造と発展に寄与し、世界に調和と秩序をもたらすことの出来る、良識ある人間を重視しています。
ここでは、学ぶ人たちの成長の過程に応じ、基礎的学力を身につけ、あるいは専門の知識を深め技術を磨くことをすすめ、教え導きますが、より一層、教養を深め、品位を高めることを重視しています。 奉仕の精神をもち、しかも自己を見失うことのない社会人へと巣立って行けることを願っております。
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学校法人上野学園学園長/上野学園大学短期大学部学長/上野学園中学校・高等学校長
Professor Dr. Hiro Ishibashi, O.B.E., Ph. D., President of Ueno Gakuen
慶應義塾大学文学部英文科専攻卒業・同大学院修士・博士課程修了/英国オックスフォード大学・ケンブリッジ大学留学/文学博士/1981年、英国エリザベス女王より大英勲章O.B.E.を受勲/オックスフォード大学セント・ヒルダズ・カレッジ名誉フェロウ/オックスフォード大学総長学廷員/ (社)日英協会名誉副理事長/慶應連合三田会顧問
「上野学園=ゴードンストン英語コンテスト」の名誉総裁であられた故秩父宮妃勢津子殿下と。(草加校地に記念植樹にお成りのとき)
長年の友人、カーメン・ブラッカ博士(大学国際文化学科教授/英国学士院会員/前ケンブリッジ大学講師<日本学>)と。
英国皇太子殿下御来日記念の植樹をされる駐日英国大使(当時)シドニィ・ジファード卿と。
私がかつてウィーンに留学したのは、1961年の秋でした。その後スイスとドイツでも半世紀近くにわたって音楽と音楽学の修業を積み、教育におけるその重要さを悟り、いつか母国でそれに専心できることを願うようになりました。
2011年の3月、日本は東日本大震災の未曾有の災害に見舞われました。心を引き締めて帰国、4月より学長の任をお預かりしています。
1945年、東京は一面の焼け野原と化し、広島・長崎には原子爆弾が投下され、第二次世界大戦は終わりました。その後日本は驚異的な再生を遂げましたが、今度の天災はそこにも甚大な、長期的な打撃を与えました。しかし~「心に太陽を持て、くちびるに歌をもて」― 当時の国語教科書にこういう詩がありました。敗戦後の空白期に、それは私たち若人に、大きな励ましを与えたのです。
そして今、音楽の真の価値が再び問われる時代が到来しています。
「こういう時にこそ音楽を!」と心を決めた若人に、信頼される学び舎でありたいと、上野学園大学は心から願っています。
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上野学園大学学長。東京大学文学士、文学修士。ウィーン大学哲学博士。オーストリア政府留学生としてウィーン国立音楽大学指揮科にて、ハンス・スワロフスキーに師事。音楽学をウィーン大学にてエーリッヒ・シェンクおよびレオポルト・ノヴァークに学ぶ傍ら、同大学講師を務める。1967年ウィーン大学にて『ポルポラの器楽作品』(独語)により哲学博士号を取得。1985年に『新シューマン全集』の編集主幹に就任。ハイデルベルク大学にて教授資格論文『シューマン交響曲への道 Robert Schumanns Weg zur Symphonie 』(独語、1992年出版)を提出し、1986年教授資格国家試験に合格、1989年同大学教授号取得。同大学教授、チューリヒ大学専任講師、ベルン大学およびバーゼル大学非常勤講師を歴任。2004年日本人として初めてウィーン大学名誉教授に就任。
著書に『シューマニアーナ』(春秋社)、『ウィーンはウィーン』(音楽之友社)、『フランツ・シューベルト』(新潮文庫・春秋社)など。編著には『シューマン作品全集』(独・英文Schott社)、『ベートーヴェン全集』(10巻、CD100枚付、講談社)などがある。